ほうこうレポート

ほうようポケモン、こうもりポケモン。

【SS】ダイスロール

注:このSSは別の場所にかつて掲げたSSを整えたものです。


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ざくっ、ざくっ、と自分の足が砂を踏む音の他には頭の中は空っぽだった。

何も考えられない。考えたくもない。

なぜ僕は、負けてしまったのだろう。

「きみ」

負けていなければ、今頃……。

「きみさ。何やら訳ありそうな、きみ」

いきなり着流しの不健康そうな男が立ち塞がった。

「……僕ですか」

「あぁそうさ。こんな寂れたところまできて、何を?」

立ち塞がった男は、光のない目を僕に向けてくる。

……というか。

「ギーマさんでしたか。いきなり前に現れないで頂けませんか」

「おや、わたしのことを知っているのかい」

「僕ですよ、いつもあそこで特訓してます」

「あぁ、ユウキくんか。エリートトレーナーくんがなんて顔をしているんだい?」

……みんな、エリートエリートって。

そりゃ前は気にならなかったけどさ。

「…………」

「話を聞かせてくれはしないか?」

今は喋る気力もないっていうのに。

でも、どうせ暇だったんだ。しばらく喋ってみたっていいだろう。

噂じゃギーマさんは凄腕のトレーナーだったらしいし。


「……昨日、大会がありまして」

「あぁ、出ていたね。そして、惜しかった。ポケモンリーグ予選の切符がかかっていたんだったかな?」

「今回はそれだけじゃなかったんです。ここで実績が認められればヒウントレーナーズハイスクールに受かっていたんですから……」

バトルの名門、ヒウントレーナーズハイスクール。世界から強豪が集まるこのスクールに入学できればその後のトレーナー生活は安泰だ。

合格の条件は筆記試験だけでなく、直近一年の公式大会での優勝またはポケモンリーグ予選への出場経験も含まれている。

筆記試験には受かったが実績がなかった僕にとって、昨日の大会は最後のチャンスだった。

ここで実績が作れれば合格、作れなければ、ほぼほぼ不合格、そんな大会だったのに。

「確かにきみは強い。特訓をよくみているわたしもそれは知っているよ」

「でも、勝てなかったんです。前までなら勝てていたはずなのに……っ」

唇を噛み締める。

昨日はまるでダメだった。

勝つ方法を忘れてしまったみたいに、ただ迫りくる敗北に足掻くことしかできなかった。

あんな感覚は初めてで、思い返すだけでまた目の前が真っ暗になりかける。

「負けたのは初めてか。エリートくん」

癪に触る。

「……バトルに負けたことくらいならありますけど、受験なんて大きな舞台で失敗したのは初めてです」

「受験、ねぇ?」

意味ありげにギーマさんは呟いた。

黒の前髪がわずかに揺れる。

「…………」

なんだよ、落ちたのがそんなにおかしいか。

僕に構って、この人は一体何がしたいんだろう。

「ポケモンリーグの予選といえば、予選の予選があるだろう」

確かにあるといえばある。

だから「ほぼ」不合格なのだから。

「……無理ですよ。あそこは大人も含めて強豪が集まるんです。ギーマさんもご存知でしょう」

「あぁ。もちろんさ」

ギーマさんは深く頷いた。

かと思えば、片眉だけを釣り上げて、焚きつけるように僕に笑いかけた。

「……きみは勝ちたいのか?」


「えぇ。そりゃ勝てるなら」

「わたしとて昔は一流のトレーナーだった。勝負の方法論の一つや二つ、教えて差し上げても構わんが?」

「……勝つ方法があるのなら、お願いします」

半信半疑だったが、本当に勝つ方法なんてものを知っているならぜひ教えてもらいたいものだ。

「勝負の方法論さ。さて、じゃあまずはそこの海で自分の顔をよく見てみな」

「はぁ、はい……」

言われた通り波の寄せる水辺に近づいて海を覗き込んだ。

暗い海の色と似た暗い顔は、波に歪められてグニャグニャと安定しない。

「次だ。ポケモンたちを出してごらん」

腰から二つのボールを手に取って膨らませ、空に投げ上げる。

ぱぁん、と軽い音を立ててボールが開く。

赤い光線に包まれてサンドパンとガラガラが出てきた。

2匹とも昨日の失意と疲れで息も絶え絶えといった表情だった。

「……まさかとは思うが、ポケモンに八つ当たりだなんて」

「していませんよ! こいつらは本当によく頑張ってくれたんですから……!」

なんて失礼な。僕をなんだと思っているんだ。

そもそもそんなどうしようもないことをするのは一部のクズトレーナーだけだろう。


「いや失礼。思ったよりも落ち込んでいる様子だったのでね。であれば逆に、トレーナーといい関係なのがわかる」

「……それで、どうしたら勝てるっていうんですか」

にやり、とギーマさんは再び不敵な笑みを浮かべる。

「勝負をしようか」

「わかりました。じゃあ、サンドパン」

お願いできる? と聞こうとしたのに、割り込むようにギーマさんは手を振った。

「いや、違う。トランプゲームさ」

ギーマさんは5枚のカードをしゃっとセンスでも広げるみたいに見せつけた。

思わずポカンとする僕。

ギーマさんは5枚のうち一枚のカードを抜き取った。

「ジョーカーだ。いいかい?」

ギーマさんが見せてくるトランプには道化師の大きな絵と、JOKERの文字。

「はぁ」

「お二人さんも、よーくみておいてくれ?」

しゃがんでポケモンたちに目線を合わせ、ギーマさんはサンドパンとガラガラにもカードを見せた。

サンドパンたちはお互いに見合って困惑しつつもギーマさんに頷いた。


立ち上がって、ジョーカーのカードを5枚の中に戻すギーマさん。

慣れた手つきで5枚のカードをシャッフルしていく。

シャッフルし終えて一旦扇子状にカードを開いてから、自分の手でカードを入れ替え始めた。

こちらを試すような目線で見つめながら、何度もシャッフルを繰り返す。

「さぁこれでジョーカーはわたしの好きな位置にある。……どこにあるか、みんなで当ててごらんよ」

挑戦的な眼差しが僕たちに注がれる。

真ん中? いや対称でないように両端のどちらかか?

「おっと、最終決定はポケモンたちにやってもらおうか? カードを取るのはきみではない」

ギーマさんがまたしゃがんでポケモンたちの目線に合わせるので僕もそれに習った。

「サンドパンとガラガラはどれだと思う?」

「パン……」

「ラガラ……」

2匹ともやはり困惑した様子だった。

「僕はここかここだと思うんだ」

2匹に見えるように、両端を指差す。

「パン! ササドッ!」

サンドパンは右端を鼻で突っついた。

「ラ……ララガ?」

ややあってガラガラも右端を指差す。

「じゃあ右端にしようか」


「決まったようだね。ではガラガラくん。カード・オープン」

「ほら、右端のカード、もらって」

ガラガラがギーマさんの手から右端のカードを引き抜いた。

果たしてその絵柄は――

「ガララ~!」

「パパンッ!」

「やったな!」

見事、ジョーカー。5分の1の確率に勝った。

こんなちっちゃなゲームなのに、サンドパンもガラガラも嬉しそうに両手をあげている。

いつも楽しそうにはしているけれど、今回は特別楽しそうだ。

ポケモンたちにも5分の1だということがわかるんだろうか。

「すごいね。おめでとう。きみが勝者だ」

カードを持ったままギーマさんは二度三度拍手をした。

「――まぁ」

心底愉快そうに、あるいは子供のように無邪気に、ギーマさんが笑う。

無造作に残りの4枚のカードを見せ――

「あっ!?」

「全部ジョーカーだったのだけれど」

当たったと思ったのにこんな肩透かしが待っているとは。

サンドパンもガラガラもガックリと悲しそうな顔をしている。

くつくつとギーマさんはしばらく笑い続けた。


「……さて。勝負の方法論、もう分かっただろう?」

「……え?」

そういえば勝負の話だった。

「見ただろう、ポケモンたちの嬉しそうな顔を。そして、今もう一度見てご覧」

確かにサンドパンとガラガラはこの単純なゲームでさえあんなに喜んでいた。

今の2匹は……。

先ほどのような喜んだ様子ではなかったが、にっこり微笑んでいた。

「真のポケモンバトルとはこういうことさ」

「…………」

少し分かるような、でもまだ言葉にはならない。

もやもやと思考の霧が頭を巡る。

「きみは先ほど『勝つ』方法を教えろと言ったね。だが私が教えるのは『勝負の』方法論だ。それでもきみは聞くのか?」

「はい、もちろんです」

「それでこそだ」とギーマさんはまた笑う。


「このトランプゲームのきみの勝利条件はジョーカーを引くことだった。そしてきみは引き当てたね」

「当ててはないですけど……」

「そう、勝ちはしたが腑には落ちない。試合には勝っても勝負には負けている、というやつさ」

そこで、とギーマさんは指を一本立てた

「一つ。勝敗はただのアクセントさ。『勝ちに価値はない』だなんて冗談まじりに言っていたヤツもいたものだが……そこまで言う気はないが、それも一理はある。勝ちと負けとが合わさって初めて『勝負』になるのだから」

確かに僕は受かりたいばかりに勝ちを求めてすぎていたかもしれない。

前は純粋に楽しめていたのに……。

「大事なのは、敗北も含めて楽しむこと。それは手を抜いてヘラヘラしてるわけじゃない。本気で勝負に向き合うために敗北から何かを学び取ろうとすること。敗北という新たなカードを引くを楽しむということ」

「今回の例で言うと、そうだね、君は今全てが当たりであるという可能性を知った。次同じゲームを俺とするときはその可能性を疑うことができる……といったところか」

「自分の手札が充実していくのを楽しむ……敗北による自分の進化を楽しむことはギャンブルもポケモンバトルも同じさ。勝ったって負けたって自分は進化できる」

ポケモンバトルは負けてもいいんだ、と。

その楽しむ余裕がギーマさんを強くしているのだろうか。


……でも。いつものバトルならそれでもいいかもしれないけれど。

今回は違う。ヒウントレーナーズスクールの受験、人生がかかっていたのに。

……ギーマさんだって負けられない試合の1回や2回あったはずなのに、なぜそんなことが言っていられるんだろう。

「それはそれとして、スクール入学の権利は惜しい……そんな顔をしているね?」

「え……はい」

お前の思考くらいはお見通しだと、ギーマさんはさらに優しく微笑んで見せる。

「確かに負けたら人生が変わってしまうようなギャンブルだって時にはあるさ。わたしにも、あった。でも、大事な賭けに負けたからこそ見える景色だって、歩める人生だって……あるだろう?」

「人生というギャンブルはとても不可解だ。大事な賭けに負けることが勝利条件になり得るギャンブルは人生だけなのだからね」

負けることが、勝利条件……。

「だから、大事な試合も……大事な試合だからこそ、負ける可能性も含めて楽しめばいい。人生は負けたらすぐに試合が終わるほどやわなギャンブルじゃないだろう?」

「それにだ。人生の賭けに失敗したところで案外なんとかなるものさ。……そう、私だって、今、生きている」

ギーマさんの顔に一瞬影が走った。


「さぁ、今はまだ悲嘆に暮れるがいいさ。そして立ち直れ。ここぞという時も、失敗して辛い時も、君には可愛いポケモンたちが付いているではないか。受験なんて人間の作り出した型に囚われることはない。ポケモンバトルを、いや、人生という、神が創り出してしまったギャンブル続きのゲームを、ポケモンたちと共に楽しもうじゃないか。ん?」

見下ろすように顎を軽く突き出すギーマさんは、挑発するような、それでいて元気付けるような、不思議な瞳をしていた。

「…………はい! ありがとうございました!」

いてもたってもいられなくなって、僕は元来た道を振り返って走り出した。

サンドパンとガラガラに目配せすると、2匹は笑顔で僕についてくる。

今は2匹ともなんだか嬉しそうだ。

今日もまたバトルをしよう。

そうだ、ほぼ0とはいえ、まだ可能性はあるんだ。

プロの大人たちがいようと関係ない。

リーグ予選の予選を、勝ち抜けばいい。

この敗北を、生かしたバトルをすればいい……!



僕らは1人と2匹、競争するようにいつもの特訓場所に戻った。

エーテル財団の真っ白な建物がいつもに増して眩しい気がした。


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珍しいじゃないか。天下の博徒サマが呆気にとられているなんて。

……そんなんじゃないさ、サニーゴジジイ。

それに、どうしたんだい。よくあんなくさいセリフがスラスラ出てくるねぇ。『神が創り出してしまったギャンブル続きのゲームを、ポケモンたちと共に楽しもうじゃないか!!』

その言い草はないだろう。少しギャンブラーの血が騒いだだけさ……昔の、ギャンブルの哲学をまだ開拓していなかった頃、同じ気持ちを味わったからね。

さっきも話していたのにまだ続くのかい? 今日はやけに饒舌じゃないか。

あぁ。わたしも昔、とても優秀だったからね。

おぉう、気に障る。略して気障だねぇ。

……どこから突っ込んでいいのかわからないのは相変わらずだな。とりあえず最後まで話させておくれよ。

キミが気障なのは本当だろう。気には障らんが。

……他のギャンブルは全て勝ち続けてきたわたしにとって、ポケモンバトルは唯一わたしが勝てないギャンブルだった。彼を見ていると初めてポケモンバトルをした時の自分を思い出してしまってね。

なんだ、呆気にとられていたのはやっぱり、まだ話したかったからかい?

……まぁわたしが話したいことの全てを話しても彼を混乱させていただろうからね。その分代わりに聞いてもらおうか? 今は話したい気分さ。

構わんが、ずーっとキミが突っ立っているすぐそばで釣りをしている俺にかい? もう大概の話は聞いてしまっただろうに。

いいのさ。ギャンブラーの話し相手はギャンブラーでないとな。

俺はギャンブラーじゃないだろう? たまにマリエで気分転換してるだけさ。金を稼ごうなんて思っちゃいない。

よく言うよ。口封じしたにもかかわらず人のこと勝手に名うてのトレーナーらしいとか紹介しているくせに。

イッシュの四天王だなんてあらぬこと吹き込んだわけでもないし許しておくれよ。

ふん……。それで。あなたにとってポケモンバトルとはなんだ?

キミみたいにそんな御大層なこと考えちゃいないよ。楽しくて刺激的で、じじいの生きがい……ってだけさ。

わたし以外の人間も存外色々考えているのだね。


キミにとってはポケモンバトルとはなんなんだい?

わたしはポケモンバトルを、神がどう笑うかを賭けるギャンブルだと認識しているよ。

……キミは氷タイプ使いじゃないからぜったいれいどだなんて言わないだろうしね。どうしてだい。

バトルの内容は全て神が決定している、そう思えてならないのさ。トレーナーだってポケモンだって、バトル前はやれる限りのことを尽くす。勉強して、特訓して、考えて。だが、それでも勝てない試合がある。自分の本番のミスも含めてね。

ほう?

そういう時は、『神はここで勝つべきではないと導いてくれているんだ』と思うようにしている。負けるべき時があるのはギャンブルもポケモンバトルも同じさ。

神……ね。

第一、人生自体が何者かによって作られているような気がするんだ。物語のような展開がこの世には大量にある。だから、失敗すること自体、神が作ったわたしの物語の一部、物語の起伏を生む展開なのではないかと、よくそう思う。

その気持ちはよく分かるね。釣りもポケモンバトルもギャンブルも、全てが繋がっている気がする。

化けの皮が剥がれたね。あなたはギャンブルもやっているらしい。

おっと……これは失礼。今のはキミの聞き間違いだ。


ときに、人生とポケモンバトルは似ていると思うのだが。

ポケモンバトルで人生は考えたことがないね。釣りは似ていると思うよ。

釣りの話はまた今度聞こう。

自分の話だけしようっていう強欲さ、キミらしいね。

……ポケモンと出会い、共に成長し、時に自分の力の及ばない出来事に挫折し、ポケモンのおかげで乗り越える。楽しくて、時に辛く、やはり楽しいゲームさ。人生というゲームも同じだろう?

そうだねぇ。人生振り返ってみると……

……

……

……







……あぁ。楽しかったよ。本当に。





ちなみにキミはこの後予定でも?

ないのはあなたもご存知だろうに。

ならば、一つ賭けでもしようじゃないか。サニーゴちゃんも今日はちょっとばかしやる気さ。

元四天王ギーマにポケモンバトルで賭けようとは、いい度胸じゃないか。

キミは何度もわたしに負けているだろう。もっとも、一対一はキミの本領じゃないのだろうけど。

あなたがサニーゴしか持っていないのだから仕方あるまい。それに、どんなバトルにでも勝ってみせるのが四天王さ。

そうかい、じゃあ遠慮なく。……何を賭けようか。

じゃあ、昼飯でもどうだ。勝った方が負けた方にマリエのZカイセキを奢ろうか。

なんだい控えめだね。1ヶ月分くらいの食事を賭けた方が面白いじゃないか。

賭け過ぎないこと。それもまたここに来ることになった原因の大敗北から学んだことさ。

それならしかたないねぇ。それじゃ、バトルといこうか。

受けてたとう。


「「ダイスロール!!」」