注:このSSは別の場所にかつて掲げたSSを整えたものです。
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「ンデデデデデ……ツン……」
首が痛くなるほど見上げなければてっぺんが見えないほどの巨体を持つそのポケモンは低く呻いた。
異世界からこのアローラへ不幸にも迷い込んでしまったウルトラビースト――UB:LAYこと、ツンデツンデ。
見知らぬ土地に足を踏み入れてしまった困惑のままに暴れるUBたちを鎮め、あわよくば新ポケモンとして捕まえてしまうのが最近のおれ達の仕事だ。
「ハウ! これだけ削ったんだ、そろそろいいよな?」
おれのライバル兼相棒、ヨウが俺に目線を送ってくる。
その手に握りしめるのは、ラスト一個のウルトラボール。
この一個で捕まらなければ倒すしかなくなってしまう。
「……うん。やっちゃえー」
俺の答えを待っていたとばかりにヨウは振りかぶって、ウルトラボールを投げた。
ボールはHP残りわずかだろうツンデツンデの前面に命中。
ウイン。
ヨウは祈るようにボールを見つめている。
その横顔を見て、心に巣食うもやもやはさらに大きくなる。
ウィン。
捕まったら、また大ニュースだ。
ゥィン。
(捕まらなきゃいいのに)
心の中で毒づく自分と、それを叱る自分が現れて喧嘩を始めた。
ポン!
「っしゃぁ! ツンデツンデゲットだ!」
たかたかとツンデツンデが入ったウルトラボールに駆け寄っていくヨウの背中を呆然と見つめる。
ヨウはウルトラボールを無事回収し、ホクホク顔。
「いやー、最後の一個だったし危なかったな。捕まってよかったよ」
「……そーだねー。らっきーらっきー」
ちまちまとサイコショックでツンデツンデを弱らせてくれたライチュウをボールに戻す。
ヨウはビッケさんの方へ報告しに走っていって、おれはまたその背中をじっと見つめることになる。
……今から憂鬱だなぁ。
ツンデツンデ捕獲後、おれ達はすぐさまエーテルパラダイスに訪れていた。
「その新ポケモンツンデツンデは元の世界に返さなくても大丈夫なのでしょうか!?」
今日捕まえたとれたてほやほやツンデツンデについての、会見が開かれているのだった。
おれ達捕まえた当事者は当然フラッシュを浴びる側だ。
「はい。ボールに捕まえたため言うことは聞いてくれると思います。ですがきちんと経過観察は行なって、危害が想定された時には元の世界へ返したいと思います」
「どんなポケモンでも言うことを聞いてくれる……流石チャンピオンですね!」
ぱしゃぱしゃぱしゃ、とレンズが切られる音とともに、真っ白な光がおれの目を殴打する。
でも、おれの方を向いているカメラは一つもなかった。
そりゃそうだ。捕まえたのはヨウだし。ヨウは初代アローラチャンピオンだし。チャンピオンが新ポケモンを捕まえただなんて話題性は抜群だ。
だから、ヨウばかりもてはやされるのも頭では当然だとわかっているのだ。
わかっている。
けど……なんでおれのことは誰も見てくれないんだろう。
おれだって今回のツンデツンデ戦はかなり貢献した。
今回もおれに支給されたボール5個がたまたま入らなくて、ヨウの最後の一個でたまたま入っただけだ。
リーグだっていっつもヨウに僅差で負けてしまうだけで、実力はそんなに変わらないはずなのに。
こんな風にヨウを妬んでるおれは、嫌な奴だよねー。
別にヨウが頑張ってないのに認められてるわけじゃない。
ヨウだってしっかり努力して現在があるんだから。
おれ、ほんとに嫌な奴だー。
結局、ヨウみたいに褒めてほしいだけなんだ。
わがままで自分勝手にヨウを妬んでるだけ。
「次回のリーグ戦ではそのポケモンは使われるのでしょうか!?」
「いえ、もっとこいつと絆を深めてから戦わせてあげたいと思います」
こんな風に考え事してたって何にも問題ないくらいにおれに質問は飛んでこない。
誰もおれには興味がないんだ。
また記者達がヨウを一斉に撮り始めた。
誰にも気付かれずにひっそり息を漏らす。
会見は終始ヨウが答えて幕を閉じた。
帰るためロビーを通ろうとしても、ヨウは周りが新たな記者達で溢れかえって思うように進んでいなかった。
一方のおれはすいすいだ。もうゴルダック並み。
後方の人だかりを横目に、人混みをいとも簡単に抜けて、屋外に出た。
そこには、たった一人を除いて誰もいなかった。
「……ミヅキ」
広場外周の欄干に肘を置いて、ボブカットの黒髪をなびかせる少女。
しなやかな体つきが夕焼け色に染まる海と合わさって、余計にどこと無く頼りない印象がある。
ぼそっと名前を呟いただけなのに、ミヅキはおれに気づいて駆け寄ってききた。
「会見、お疲れさま!」
にかっ、と大きなえくぼを作ってミヅキはおれに笑いかける。
「ありがとー」
小さく、脱力した風に右腕を上げてみせる。
いつものおれ、こんな感じだったよね。
「ツンデツンデ、すごい大きかったね。びっくりしちゃった」
「ん、戦ってる時はすごかったよー」
それきりミヅキは口を閉じた。
背中の方から、建物内での喧騒が少し聞こえてくる。
「あの、さ。困ってることあったら、ちゃんと言ってね? 一応……か、彼女だから」
「…………うんーたのむよー」
ミヅキは眉をハの字にして俯くおれの顔を覗き込む。
最初の笑みはやっぱり作り笑いだったのかな。
わがままで勝手にブルーな気分になってただけなのに気遣ってもらっちゃって、余計に申し訳ないや。
「おれ、もう帰るよー」
左腕のライドギアを操作してリザードンを呼び出す。
そそくさとリザードンにまたがって、その場を後にする。
「あ……」
ミヅキがなにかいった気がしたけれど、リザードンの風を着る音で遮られてよく聞こえなかった。
リザードンに乗って風を切る音だけが聞こえる。
今からどーしよーかなー。
物悲しい気分を払拭したくて、心の中で独り呟く。
すれ違ったヤミカラスを目で追っていたら、下の景色が目に入った。
帰る気もしないし、あそこ行こうかな。
リザードンの首を軽く触って、降りてもらうように指示をする。
「ありがとねーリザードン」
足が砂に沈む感触。
降り立った先は、ハノハノビーチ。
バトルの反省会なんかの場所には最適で、よく来るのだ。
おれは迷わず北へ向かう。
岩場の周りをぐるっと回って抜ければ、またちょっとした砂浜がある。
岩場に隠されて人が来る場所からは一切見えない、シークレットビーチだ。
小さな真っ白の砂漠のど真ん中に、倒れるように腰を下ろす。
「…………はぁ~……」
ため息を一つ。
同時に心の中から何かが出ていったような寂しい感覚。
ため息すると幸せが逃げるよなんて幼い頃はよく言われたけど、ほんとなのかも。
「…………」
三角座りで腕を組んで、その腕に顔を突っぷす。
いいよね、ヨウは。
真面目で強くて頭も切れてカッコいいチャンピオンだってみんなから思われて。
だから、どうしたってみんなヨウの方に目が向くもん。
おれは、勝っても負けても楽しそうってよく言われるし、バトルの後の会見も適当に答えてるから、そんなキャラ。
まぁ作ってもない素の自分だからしょうがないんだけど。
おれはまだ頑張ってないのかなぁ。
じーちゃんの家から出て、一人でモーテルに泊まって修行もしてるんだけどな。
「…………」
こんなこと考えててどうするんだろ。
なんでこんなこと思ってるんだろ。
「…………」
ただのヨウへの嫉妬じゃん。
自分に頑張ってるって言って、褒めてほしいだけじゃん。
「…………」
やだな。
きっとヨウなら多分こんな器の小さいこと思わない。
これが、おれとヨウの差なのかな。
「…………ぅ?」
突っ伏してほぼ真っ暗な視界の端で赤いものがちらついていた。
「ばぁ!」
「なんだ、スナバァ。いたんだ」
「なばぁ!」
砂のお山にスコップが立った、一見してポケモンともわからないこいつはスナバァ。
おれがここにいるといつもすり寄ってくるからもう顔見知りの仲良しだ。
「慰めてくれるの? よしよし」
砂の胴体を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。
「…………ばば! なばぁ!」
突如としてスナバァは去っていってしまった。
あまりにもいきなり逃げられて、少し心が痛まなくもなかった。
「おい、ハウ」
岩場の方向から、よく親しんだ声が聞こえた。
「……グラジオじゃん~。どーしたのー?」
おれにとっては、ヨウと同じくらいの大親友。
あんまり表面上優しくはしてくれないけれど、なんだかんだ言って優しい。
でも、どうしたんだろ。
いつもはカッコつけて片足に重心を偏らせて立ってるのに、今回はなんだか普通に立っていた。
「いや。ちょっとした相談があってな」
「相談はいいんだけど、なんでおれの居場所知ってるの~?」
ここはおれだけの秘密の穴場だったはずなんだけどな。教えたことあったっけ?
「パラダイスでミヅキに聞いた」
ミヅキ、よくわかったなぁ。
言ってもないのに伝わってる感じがなんとなく嬉しかった。
グラジオはすたすたっと歩いてきて、おれの横で同じように三角座りした。
「はは、グラジオ三角座り似合わない~」
「うるっせえな……わるかったな」
右足を崩して、左足に左腕を乗っけるグラジオ。
グラジオだとほんとにカッコいいから困るよね~。
「それで、どーしたのー?」
「あぁ。パラダイスに職員から逃げるスターミーがいてな。攻撃もしてくるし、なによりこのままじゃ食いもんもあげられねぇ。なにか方法ないか?」
ん~、なんでおれに聞いてくれたんだろ。
さっぱりわからないけど、スターミーのこと考えよう。
「スターミーってー、よく宝石が裏取引されてる~っていうじゃん。だからー前に狙われたことがあるとかで人間が怖いんじゃない~?」
「やっぱりそうか。だが原因がわかったところでな……」
「ご飯は他のポケモンに頼んだらどうにかならない?」
「他のポケモンに……?」
「そうー。これあげといてもらえる? って頼めばー、人間じゃなければいいんじゃないー?」
「確かにそれは試してみたほうがよさそうだな」
グラジオが少しだけ笑った。
「人間と接するのはー時間かかるだろうけどー頑張ってねー」
「あぁ。助かった、ありがとう」
「うん。任せて任せて」
グラジオがなんだかんだおれのことを頼ってくれるのは、正直に嬉しかった。
特に、こんなタイミングだと余計に。
刻々と沈む太陽を、ただただ眺める。
グラジオはもう相談終わったのに帰らないのかな。
「……夕日、綺麗じゃねえか」
ぽつんとしたグラジオの呟きが白い砂浜に染み渡った。
「……あのさ。お悩み交換会してもいい?」
一瞬迷ってから、自分でもびっくりするくらいあっさりと言葉が出た。
さっきまで一人で抱えるしかないかなって思ってたのに。
「おう。聞くよ」
「グラジオは今日のパラダイスの記者会見知ってる?」
「あぁ。ツンデツンデを捕まえたんだったか」
「そう。ヨウがね。……ヨウってさ、チャンピオンもやってて、今回もツンデツンデを捕まえたのはヨウで、みんなから『すごい~』って言われるんだよね」
「おれはさ、リーグもいっつも2番で、ツンデツンデ戦も削り入れてばっかだから。特にそうやって言われることはなくてさ。それがちょっと悲しいのと、ちょっと認めてもらえなくてこんな気分になってるおれは小さいなって思って。なんて言えばいいのかわからないけど、あんまりいい気分じゃないんだよね」
「結局おれ、褒めてほしいだけなんだよね。それが余計にどうしようもないなって」
おれが口を閉じるまで、グラジオはただ黙っておれの話を聞いてくれた。
少し考えるように空を見上げて、言った。
「人間はみんな承認欲求で動いてるようなところがある。仕方ないだろ」
「……まぁ、そうかも」
たった一言で、随分と気分が軽くなった。
「ポケモンだってトレーナーに褒めてほしくて戦うんだ。何も得られず他人の糧になれる奴なんていない」
そう、だよね。
別にちっちゃくたってそれが普通なんだ。
ちっちゃいままでいていいのかは、わからないけれど。
「……おれはそんな人になりたいな」
「世界を作ったアルセウスならできるんじゃないか?」
「……うん」
「まあ、お前はたくさん頑張ってると思うぞ。偉いな」
褒めてほしいだけって言ったから、褒めてくれたのかな。
本当に、本当は優しいやつ。
利用したみたいでちょっと申し訳ないかも。
「……ありがとう」
「あぁ。俺も聞いてもらったからな」
言ってほしいって無意識に思ってたんだろうことを、全部言ってもらえた。
そんな、安堵と嬉しさで心が満たされる。
「…………みたいな話だよ~! 聞いてくれてありがとね~」
無理なくいつもの調子を出せるくらいには、回復できた。
「おう。気にすんな」
また、グラジオは苦笑みたいな微笑みを浮かべる。
普通に笑うの、恥ずかしいんだろうなぁ。
「また相談会しようね~」
「お互い暇があったらな。それじゃ、俺は帰るぞ」
「うんー。じゃーねー!」
すたっと軽やかに立ち上がって、グラジオは岩場の方へ去っていった。
手も振り終わって、余韻に浸ろうとした瞬間のこと。
「あ、そうだ。これだけは言っておく」
「ん、なーにー?」
「まだ立ち直れないなら、最終兵器に言えばいい」
「最終兵器……?」
「……っ、今一番距離が近いヤツのことだよ」
早口でまくし立てて、グラジオは走って行ってしまった。
またこのシークレットビーチに波の静かな音が戻ってくる。
「うん……そうだね」
さっきはミヅキに強がっちゃった。
言ってみようかな。
「グラジオ、ありがとー」
しばらく砂浜で寝転がって、おれは帰ることにした。
借りている8番道路のモーテル前に着地する。
……あれ? ドアの前に何かある。
なんだろ、変なものじゃないといいけど。
ドアに近づく。
……人?
ドアに寄っかかってちんまりと三角座りして、華奢な膝に顔を突っ伏している。
頭は飲み込まれちゃいそうなほどに深い黒の髪が覆っていて――
「……え」
「……あ」
思わず声を漏らしたのは、同時だった。
ドアの前でうずくまっていたのは、どう間違えても見間違えようがない。――ミヅキだ。
おれが驚いたのと同時にミヅキは顔を跳ねあげた。
「ミ、ミヅキ! ずっと待ってたの?」
「そんなに長くはないから。気にしないで」
すくっと立ち上がって、首を横にふるふると揺らすミヅキ。
サラサラな髪が動きに合わせてなびく。
「気にするよ! 夜になってきてたし、寒かったでしょ?」
「大丈夫だってば。……でも、今すぐ中入ってもいい?」
「うん。鍵開けるね」
2人で玄関に入って鍵を閉める。
そしたら、振り返る暇もなく後ろからいきなり抱きつかれた。
首筋のあたりに鼻が押し付けられるのがわかる。
「お疲れ様。なでなで」
ささやくようなかすれた声をしながら、ミヅキはおれの肩を一生懸命撫でている。
無駄に色々と聞かれるよりも、ずっとありがたかった。
「疲れた時はね、甘いもの食べるの。ほしい?」
「……いまは、いらない」
「そか。じゃあなんか聴いたらいいかな」
「……よくわかんない」
「そだよね。ハウ、今日も頑張ったもんね。えらいえらい~」
無償で褒めてもらえることが、嬉しくて。
ドアに頭をもたれさせて、目をつぶって、ひたすらミヅキを感じた。
シャワーを浴びて浴室を区切るカーテンをくぐる。
ベッドにこぢんまりと座っていたミヅキが顔を跳ね上げる。
「あ、でてきた。もー、あんまりビーチにそのまま寝ちゃダメだよ? お洋服汚れちゃうじゃん」
「う~、砂気持ちいいんだよー」
「ほんとにしょうがないなぁ。次は一緒に座って?」
「んーわかったー」
ミヅキの左、少し間隔を空けて座る。
「なんで間空けるのー?」
キュッとミヅキはその間隔を左に詰めてきた。
膝と膝が触れ合う。
心の奥底にあった黒いもやもやが、段々と上昇してくる。
「…………」
「…………」
ミヅキは何も喋らない。
喋らないで、そっとおれの手を取った。
左の指の一本一本をおれの右に絡ませて、縦にギュッと。恋人繋ぎ、ってやつ。
にぎにぎとおれの手を何度も握るミヅキの横顔は、何を考えてるのかよくわからない。
「…………」
「…………」
落ち着かない焦燥が心臓を中心に全身を駆け巡る。
意識しなくてもわかるくらい、全身に心臓の鼓動が回ってる。
体が内側から熱くなってくる。
「「…………」」
例えようもなく、甘えたい。
今すぐ背中に顔を埋めて抱きしめたいし、肩に頭を預けてもたれたいし、全身を包むみたいに抱きしめてもほしい。
決して卑しいような気持ちじゃなくて、強いて言うなら、ミヅキ欲。
4つ目の三大欲求くらい強く、おれの脳細胞を支配する欲求。
でも、おれなんかがそんなことしていいのかな。
ミヅキは嫌かもしれないし。
「…………」
羽みたいにそっと。
おれの手を握ってないミヅキの右手がおれの頭に触れた。
ミヅキはおれの頭を自分の肩に押し当てる。
――許してくれてるんだ。
そう思ったら、おれの喉が勝手にしゃくり泣きし始めた。
不規則に息を吸い込むおれの息の音だけが部屋に跳ね返る。
目尻がつんと熱くなって、おれはミヅキの肩に顔を埋めた。
また頭にふわりと優しい柔らかさが触れる。
おれの頭を確かめるみたいに、ゆっくりゆっくりおれの頭を手が撫でていく。
下までたどり着いたら上まで戻って、ひたすら、ひたすら。
こつんとおれの頭に硬いものが触れた。
ミヅキの、頭。
顔をちょっとでも近づけて、囁く声が聞こえた。
「お話聞いても、いい?」
はるかぜみたいな、おれを包んでくれる優しい声。
「…………ヨウはさ。みんなにすごいって言ってもらえる」
「うん……」
「……実際ヨウは強くて、いろんなことできて、だから、当たり前だってわかってる」
「うん……」
「ヨウばっかりだなって思って」
「うん……」
「……おれはいっつもヨウに負けちゃうし、ツンデツンデ捕まえた訳でもないから、おれがすごいって言われないのは、おれが悪いんだけどさ」
「うん……」
「だから、おれはわがままで、余計に嫌になる」
「うん……」
「…………どうすればいいんだろ」
ミヅキは終始おれの話を聞くに徹してくれた。
相槌の一つ一つが、おれのことをちゃんと見てくれているみたいで嬉しかった。
変わらず優しく撫でながら、ミヅキは語りかけるみたいに囁く。
「他の人が褒められてたら、羨ましいよね。羨ましいって思う自分が嫌になるのもわかるよ」
「……ありがと」
同調してくれるだけで、たまらなく救われる。
心がふっと軽くなる。
「自画自賛になっちゃうけどさ、わたし、マツリカさんのとこで修行してるから『絵上手だね』ってよく言われるの」
「でもね」と囁きながら、撫でる手が止まって、おれの頭はミヅキに包まれる。
「……わたしになりたい人は絶対いないの。絵が描けるのを見られてるだけ。羨ましいのは、絵だけ」
右手がまたぎゅっと強く、ミヅキの左手に握られた。
「ハウがヨウのこといいなって思ってるのだって、きっと強いこととか、一部だよ」
強く手を握ったまま、ミヅキはおれのてをミヅキの腰元に誘導する。
「ハウは、ヨウじゃない。わたし、ハウがヨウになったらいやだ。わがままかもしれないけど」
ミヅキの腕、温かい。
「ハウは、すごいんだよ。2番だって、みんなにすごいって言われてるよ。……わたしからしたら、ハウも十分誇れると思う。でも、ハウはそれで納得いく訳じゃないもんね」
「……困らせちゃって、ごめん」
すかっ。
おれの頭を支えていたミヅキの肩がなくなった。
同時に左手を引っ張られて、なすがままに斜め後ろへ倒れこむ。
体が半分ミヅキの上に乗った状態で、横になる。
おれの背中に回った両腕は、力強く抱きしめてくれた。
抱きしめたままミヅキが寝返りを打とうとして、巻き込まれておれも同じ方向に転がる。
横向きに転がっておれを抱き寄せた状態で、ミヅキはさらに囁く。
「困ってなんかないよ。わたしだってマツリカさんより上手くないから劣等感もあるし。それで誇れるよって言われても、あんまりいい気分しないと思う」
――違う。
心の中で泡が一つ弾けた。
「……誇れるなんてそんなすごい話、してない。おれは、ただ、褒めてほしいだけだから……誇りなんかなんにもなくて、卑しい。だから、もっと嫌になった。小さい器」
こつん、諌めるようにミヅキが頭をぶつけてきた。
一緒に、抱きしめる力が強くなる。
「人間みんなそんなもんだよ。わたしからしたらハウの器はウルトラホールくらいおっきいよ」
「でも、幻滅したりしたと思う。めんどくさいって普通なら思うと思う。だから、ごめん」
シーツに埋もれた耳に、シーツ以外の柔らかなものが触れた。
ミヅキの吐息、熱いくらい。
「幻滅するわけない。大好きだよ」
胸がいっぱいになって、息ができなくなる。
目は燃えたみたいに熱くなって、喉は勝手にしゃくる声を漏らし始める。
頭の中のぐちゃぐちゃが全部テレポートしたみたいに消えて、ただおれはミヅキの首筋に顔を押し付けることしかできなかった。
「……ミヅキ、ありがと。……いてくれて、よかった」
ふふ、とミヅキが笑う可愛らしい声。
「こちらこそ」
ミヅキの手がおれの額に当てられた。
強制的に首筋から顔を剥がされた。
一瞬、本当に一瞬だけ、羽なんかよりもずっと柔らかいものが唇に落ちてきた。
口角をめいっぱいあげて、整った白い歯をちょっとだけ見せて、ミヅキは微笑んだ。
「わたしは、ハウが好きなんだからね」
この表情も、この声も、この言葉も。
一生忘れない。
「デンショック!!」
コードの束みたいな、ゆらゆら蠢くポケモンとおれたちが対峙したのは、あれから2日後のこと。
「ライチュウー、10万ボルト! 倒しちゃダメだよー!」
「らいっ!」
おれのライチュウの10万ボルトは、だいぶ弱ってきた新たなUB――デンジュモクにヒットした。
どうも電気タイプらしいから、10万ボルトは効果今ひとつだ。
「よし、そろそろ投げよう」
またヨウが右手に持っているのは、ウルトラボール。
おれの分だってまだあるけど――
「いいよー! ゲットだゲットー!」
気分が高ぶって、おれはつい飛び跳ねた。
ヨウがウルトラボールを投げた。
もう、『捕まらなきゃいいのに』なんて思わない。
また多分ヨウが注目されると思うけど、気にしない。
友達が有名人になるのも悪い気分じゃないし。
なにより――
おれのこと見てくれてる人も、ちゃんといるから。
fin.