前提
僕はポケットモンスターを愛しています。
※現在恋や愛や死について辛い思いをされている方はお読みにならないでください。
また、この文章にはなんらかを批判するような意図は一切ありません。
動物園にある変な生態の説明看板を読む気持ちで読んでください。
誰かからの意見が欲しい文章でもないため、何らかの意見の表明もやめてください。
どうしても誰かに言いたければこの誰かに見てもらえる日記とか使うといいと思います。僕も昨日見かけて始めました。
diary.aaaaaso.com
恋愛定義キャラメイクゲーム
恋愛という単語があります。
主に男女、時々男同士や女同士に発生する人間関係を指すものです。
して、恋愛という単語は、恋という単語と愛という単語が合わさってできています。
国語の授業でなら間違いなく、似た意味の漢字を組み合わせて作られた二字熟語だと紹介されることでしょう。
恋と愛の違いってなんだと思いますか?
一旦デジタル大辞泉でも見て落ち着きましょう。
恋
こい〔こひ〕【恋】
読み方:こい
あい【愛】
読み方:あい
ざくっと適当に要約すると
恋は心を惹かれること、思いを寄せること。
愛は可愛がったり大切にすること。
似ているようで違うようで、よくわかりません。
でも雰囲気は少し違う気がしました。
恋はまだ手に入っていないんですよね。
で、愛はもう手に入った後のような気がする。
ポケットモンスターでいえば、恋は殿堂入り前で愛は殿堂入り後、という気がする。
確かに、「恋に恋している」という言葉は実際にあって、かつ真の「恋」は手に入っていない。
で、「愛を愛する」という言葉はない。手に入ってるんだから愛じゃなくて対象を愛せばいいので、多分ないんでしょう。
しっくりくる気がします。
……本当か?
まぁ、本当じゃなくてもいいんだと思います。
多分、恋愛というのは、
「俺だけの最強の恋と愛の定義を作ろう」ゲームなので。
キャラメイク画面で1日溶かした人の話題をよく聞きますが、そういうキャラメイク画面で無限の時間を溶かしてみよう、というのが恋愛のゲームルールなんだと思います。
僕の恋愛
僕の恋愛の話をしましょう。
一般論の話だけしててもしょうがないので。
恋はプラスの感情
愛はマイナスの感情
多少違っても、大体合ってるからええやろと大きくくくるのが好きなんです。すみません。
もう少し具体的に言うと、
恋は「ないから欲しい」を主とした感情
愛は「あるから失いたくない」を主とした感情
という感じで僕は「恋」と「愛」を使い分けています。
例えば、恋や愛の形の一つとして、「グッズを買う」を挙げましょう。
好きなコンテンツのハンカチを買ったんです。 ほう、いいですね。
――1つ、そのハンカチを使うために。
これは「恋」です。
そのハンカチを持っていないから、使うために欲しくて買うんです。
――2つ、使うためと、保存用に。
これが「愛」です。
保存用というのは、「このハンカチを持っている」という状態を失いたくない、そんな感情が走った結果の行動なので。
恋は普通で、恋が度を超えると愛という異常に進化をする、そんなイメージがざっくり僕にあります。
改めて
改めて今一度宣言をします。
僕はポケットモンスターを愛している。
なぜなら、ポケットモンスターを失うのが怖いから。
「あるから失いたくない」という負の感情は僕の定義で「愛」です。
転換
ここで、すみませんが話を大きく変えます。
死とはなんでしょうか。
またデジタル大辞泉でも見てみましょう。
1 しぬ。しぬこと。
2 機能しなくなる。
3 命がけ。
4 命にかかわること。危険なこと。
5 野球で、アウト。
どれも要領を得ませんが、多分2が近いでしょう。
機能しなくなる。
つまり、死の本質は「喪失」です。
自己の死は自我の喪失だし、他人の死はその人の存在の喪失になります。
まぁここは使い古された考えなので、その是非は置いておき、主張に分かりづらい点はないかと思います。
ポケットモンスターを失う?
戻ってきまして。
先ほど僕はポケットモンスターを失うのが怖いのだと主張しました。
「ポケットモンスターを失う」とはなんでしょう。
すぐにイメージしやすいのは、「公式供給がなくなること」でしょうか。
僕も当初はこれだと思っていました。
これだと思っていたから、ポケモンのグッズをたくさん買ったりしていました。
いわゆる好きなコンテンツにお金を落とすというやつ。
当初は、です。愚かしい過去の僕。
「公式供給がなくなる」だけでは解像度が甘すぎるし、失うことを恐れるからというのがメインの理由でお金をつぎ込むのはコンテンツに失礼でしかなかった。
ポケットモンスターの何が好きなのかを明確にする必要がある。
今の僕の話をします。
僕にとってポケットモンスターの魅力は、文化の多様性です。
他のコンテンツに比べてゲームだけでもかなりバラエティに富んでいます。
現行作品を遊んでいる人の文化、過去作品を今も遊んでいる人の文化。
対戦をしている人の文化、色違いやリボンを収集する人の文化。
対戦をしている人と一つでくくりましたが、その中でも文化の違いあって、1位を目指す人、ロマン戦術の実現を目指す人、同じポケモンだけを6匹揃えて対戦する人、役割論理なんて文化もありますね。
カードの文化。ポケポケの文化もまたカードとは違う。
この令和に初代バトエン文化圏も僕は観測したし、コマスター文化圏の再生を手伝ったりもしました。
書ききれません。
同じポケットモンスターなはずなのに、人々の営みが全然違うことを、僕は魅力に感じています。
この点で考えましょう。
ポケットモンスター公式は、いると便利です。
文化ができるには人が住む必要があります。
ポケットモンスター公式は神であるため、その高い資金力という腕で無から住みやすい大地を生成します。
ですが、必須ではありません。
ポケットモンスター公式神が生み出した大地は、既に一生を終えても地図を作れないくらいに広い。
その中には今は荒れ果てて住めない地もあるわけですが、
これを開拓することは神ではない我々人の子の手でも十分可能です。
特に僕は、本来生育しづらい場所に努力の方向を間違えたまま頑張って生えているような文化が大好物なので。
要するに、新しい文化はポケットモンスター公式がいると作成が促進されるが、いなくても我々の手で作ることも十分できます。
ポケットモンスター公式が死ぬと確かに苦しいが、死んだ時点はまだ喪失ではない。
話が長くなりました、一度戻ります。
ポケットモンスターを失うとは何か、でした。
ポケットモンスターを失うとは、ポケットモンスターに新しい文化が芽生えなくなることです。
簡単に言えば、僕以外のプレイヤーがいなくなることが真の死の条件。
公式こと神の死は偽りの死の条件でしかありません。
よく言うやつです、人の本当の死は誰からも忘れられたときだ、というやつ。
失いたくない。
3回目にもなって恐縮なんですが、
僕はポケットモンスターを愛しています。
マイナス感情です。重い。
失わないためにできることは2つあるでしょう。
まず、公式を生かす。公式は(会社である以上少なからず)金を稼ぐことを一つの目的としているので、金をつぎ込む必要があります。
しかし、これは完全に喪失を回避できない。儲からなくなったら株式会社である以上会社を畳まなくてはいけないのは、仕方がないです。
いやポケモンが儲からなくなることなんかなさそ~とは思いますよ。そりゃこんだけ世界を牛耳っていれば想像はあまりつかないんですけど。
でも、万一があってはいけないんです。失いたくないので。
もう一つの手段が、コミュニティを維持する方法を身につけておくこと。
さっきちらっと話したんですけど、「ポケモンコマスター」というゲーム。
2019年にサービス終了しているポケモンのゲームなんですが、
これの10周年記念非公式ファンイベントが2026年になって開催されました。
僕も開催を裏からちょっとお手伝いしました。
会は本当に楽しかったです。とても7年前に終わったコンテンツだとは思えない。
コンテンツって公式供給が死んでもこんなに楽しめるんだと参加しながら改めて思ったのを覚えています。
そう、そうなんです。好きなものを失うのが怖ければ、好きなものを公式が供給しなくなっても僕が供給し続ければいいんです。
ポケットモンスターに存在する諸文化を守ることが僕の愛です。
ポケットモンスター以外に失いたくないコンテンツがある皆さん、公式の死に備えて供給活動を始めてみてもいいかもしれません。
ポケットモンスターへの何らかの「愛」をお持ちの方、僕と友達になれるかもしれません。
まぁ多分知らないんですけど一般的な恋愛にも似た理論は使えるんじゃないですかね。(興味がないのでコーヒーを淹れ始める)
あれです、恋は軽いし愛は重いんですよ。多分。
両方が恋だと楽しいし、両方が愛だと落ち着いていて、恋と愛が混ざり合っていると温度差になる的な。円満に結婚するにはお互いが愛である必要があるんでしょうね。嫌なところも知っていてそれでも失いたくないというマイナスの感情が要求される。そう考えると結婚ってマイナスなんですね(?)。
なんかわかりづらくなった気がするので別の話で。
恋に恋をしている人は恋人が死んでしまってもまた別の恋を探せば大丈夫だし。
私は貴方が死体になっても変わらず愛します、とか、愛、ってことなんだと思います、たぶん。
僕ももしポケットモンスターが死体になっても変わらず愛します。
ならないことはもちろん祈っていますがね。2文前の「私」が「貴方」を死体にすることを祈ってはいないのと同様に(英語の翻訳課題みたいな文章)。
サムネ用






